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2006年10月28日 (土)

ベトナム人との結婚2

ベトナム人と結婚するきっかけは、人それぞれです。旅行をしていて、知り合いになり結婚した人(これは結構多いですね)。現地に駐在、留学していて知り合いになり結婚した人。日本でベトナム人と知り合い、結婚した人。結婚を目的としてベトナムに渡り、結婚に漕ぎ着けた人。本当に様々です。私の場合は友人がベトナムに留学していて、遊びに行ったところで友達に今の連れ合いを紹介してもらいました。
結婚するにあたっての障害は、結婚の手続き(特にベトナム側)、親や親族の理解など、いろいろと出てきて、結構途中で嫌になったりもします。結婚前に相手を日本に呼ぼうとするとそれはそれで大変だったり、ベトナム側での身体検査や出生地での届け出など、相手が田舎の出身だったら、行くだけで大変だったり。
国際結婚に対する親の理解については、日本側でも問題になりますが、ベトナム側でも問題になります(問題にならないこともありますが)。日本側は、ベトナムという国自体に対する理解が欠けていて、親が不安になることが多いような感じがします。でも、結婚してからの方がもっと大変です。多分。
結婚の手続きについては、よく見に行くベトナム生活倶楽部などに詳しく書いています。

http://www2m.biglobe.ne.jp/%257Esaigon/kekkon.htm

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2006年10月26日 (木)

内視鏡検査

一昨日、内視鏡検査に行ってきました。
思ったよりも簡単で、内視鏡を飲み込んでのどを通すときにちょっと苦しかったものの、そこを通り過ぎるとちょっと気持ちは悪いものの、スムーズに通っていきました。麻酔は、最初に胃の動きを抑える薬をコップ一杯飲んだ後は、同様の働きをする麻酔を肩から打ったのと、のどを麻痺するために三回ほど墳霧をうけたくらいです。検査技師、看護士さんに言わせるとのどを通す時の違和感を和らげるため、ほかの麻酔もあるとのこと。検査後、2時間ほどそのまま安静にしておく必要があるとのことで、ご遠慮したのですが。
胃の方は、かなり赤くなっていて、ごく小さな潰瘍もあるとの説明でした。内壁の皮が一枚剥がれたんじゃないかな、かなり痛かったでしょう?と先生はおっしゃっていました。結局、胃酸を抑える薬をより強力なものにかえて2週間程飲み続けるということで、自覚症状がなくなったら大丈夫ですって。胃については、超音波エコーなどでは感度が悪いので、内視鏡検査うけて、症状がはっきりしたのは良かったです。
連れ合いは十二指腸潰瘍持ちだったため、ベトナムと日本の両方で内視鏡検査を受けたことがあって、ベトナムで受けた時はすごく太くて、何の処置もしないまま突っ込むから本当に苦しかったと言っていました。もう8年も昔のことなので、まだ古いファイバースコープだったのかも。今もそんなものを使っているか分かりませんので、ベトナムの医療水準がそんなに遅れていると言う訳ではないと思います(多分)。ちなみに、今の内視鏡はファイバーの先端にCCDがついていて、非常に鮮明に写ります。自分の内蔵を内側から見るというのは、ちょっと気持ちが悪くもありますが、技術の進歩というのはこういう面ではやはり良いものだなと実感したのでした。

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2006年10月23日 (月)

ベトナム人の宗教心1

昨夜、連れ合いがお供え物を用意しているので、何の日?と聞くと、月初め(陰暦)なので家の神様にお祈りをするのだと言う。
Vn_prey_3
梨に線香を挿し、花を飾って作ったお供え物。

日常生活の様々な場面で、こうした祈りが顔を出します。日本の神社は比較的分かりやすいようで、地元の神様、商売の神様、いろいろな神様にごく自然に祈りを捧げていますね。もちろん願うのは、自分や家族の健康、蓄財など、とても現実的なこと。ベトナムのDenにお祈りを捧げているのと全く変わりはない。願い事が叶うと、きちんとお礼にお参りし、その上、願いがいや増すようにまたお祈りを捧げるのでした。


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2006年10月22日 (日)

ベトナム人との結婚1

ベトナム人と結婚しているおかげで、同じようにベトナム人と結婚しているカップルと結構知り合いになる。
日本で暮らしている人、ベトナムで暮らしている人、ベトナム女性と結婚している人、ベトナム男性と結婚している人、いろいろなパターンがあります。私の場合、ベトナムつながりが最初にあり、それが結婚に結びついている関係上、国際結婚紹介所を通じて結婚したという人とはまだ面識がありません。
ベトナム人側からすれば、台湾人、韓国人などとの結婚に見られるように、現在の境遇から脱出するためにベトナム女性が外国人男性と結婚するというパターンが一番多いように思います。台湾などで虐待されたなどの報道があれだけあるにも関わらず、外国人男性と結婚しようとする人が後を絶たないのがなぜか、連れ合いと話をしたことがあります。特に農村部の場合、生活を劇的に変えるには外国人と結婚するくらいしか方法がないこと。リスクがあることはみんな認識しているけど、それでも人生をかけて飛び込んでみるという人が多いという意見でした。あまり深く考えていないのかもしれません。
目的がより良い生活をしたい、今の生活を抜け出したいというものですから、結婚する相手に対して愛情すら持たない例もままあります。最初は多少耐えても、慣れればしたたかに財布のひもを握ったり、結婚相手を脅しすかし、実家へ送金させるというパターンも昔から噂話として絶えないのですが、それなりに実例があるのは否めないのです。それでなくとも、家族の結びつきの深い社会、お金に余裕のあるところが、困っている親兄弟を助けるというのはごく自然で、一切実家に送金しないというのはほとんどないのではと思っています。
実のところ、私も何度か送っています。最近はみんな豊かになってきているので、ほとんどなくなってきているのですが、結婚した当初は何度かありました。むしろ、こちらも送るのが当然という感じではありましたが。

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2006年10月20日 (金)

ターメリック

胃を壊したのは先週の記事に書いたと思いますが、今日、帰ると待っていたのは薄茶色の丸い玉。何と聞くとターメリック。ベトナムでは胃を悪くしたら、必ずこれを飲む、さあ飲めと言って10数粒を持たされた。ちょっと苦いからさっさと飲み込めとせかされ、ごくり。
最初、丸いので種かなと思ったら、根だと言う。ゆでて、つぶして粉にしたものを丸めるのだと。
本当に胃に効くのか、思わず調べてしまいました。確かに薬効あるみたいですね。
ターメリックとうこんが同じものというのも初めて知り、ちょっと勉強になったのでした。

http://www1.plala.or.jp/maui/medicine/turmeric-m.htm
http://housefoods.jp/data/curry/health/pdf/7th_nl.pdf

薬効のある食品って他にないかなとみたらありますね薬膳。
http://homepage3.nifty.com/tenkinwomen/column/column11_6.html

薬膳チェーというのもあるのですね。
http://blog.livedoor.jp/m-45_61079/archives/50738824.html

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ベトナム人の目から見た日本3

連れ合いと、日本の子供たち、親たち、教育の話になりました。
今の日本は子供たちが少なくて、大事にされすぎて、我慢がなくなっていると連れ合いは言います。勉強を押し付けるのはよくない。だから、好きにさせる。結果として、じっと座っていることもできなくなっている子供。
日本人は、今が幸せだったら良いと考えているんでしょ?と連れ合いは切り込む。私が子供のときにはそうではありませんでしたが、今はそうなのかもしれません。そのとき、そのときの子供の思いを大事にしているようで、長い目で見ると子供をだめにしているのかもしれない。
連れ合いは、今世界では中国人とベトナム人の子供が一番優秀と主張する。ポーランドではベトナム人コミュニティーの子供が一番勉強ができ、ポーランド人の子供と格差ができている。これは、ベトナム人の親たちが、教育熱心で、子供のわがままを認めないからだと。
個性の尊重と言われて久しいけれど、自由にさせることが必ずしも個性を育てることにはならないのではないような気がします。厳しいしつけや規則があってこそ、個性が輝くこともあるのでは。

この記事を書いた後に似たようなテーマでの記事を見つけました。こちらはどちらかというと批判的、
http://www.vinapark.com/blog/mt/archives/001085.html

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2006年10月19日 (木)

ベトナム人と韓国人2

ベトナムと韓国の関係には、韓国と日本に横たわるのと少し似た関係がある。
ベトナム戦争中、大統領であった朴正煕はアメリカからの経済支援を拡大するため、ベトナムへの派兵を決める。血で金を買ったと言われるゆえんである。ベトナム戦争を機に、韓国の経済成長は加速する。所得が10倍に拡大した漢江の奇跡はベトナム戦争抜きにはあり得なかった(しかし、日本の手もまたきれいとは言えない。軍需/生活物資の米軍への供与により、停滞していた経済が再活性化し、多大な経済的利益を得ている)。
ベトナムに送られた韓国軍は勇猛果敢を持ってならした。ベトナム人にとって、韓国軍の勇猛果敢は残虐と同意義であったが。2003年頃、韓国軍のベトナムにおける残虐行為がニューズウィークに掲載され、その研究をしていた韓国人女性が韓国内で退役軍人団体などから非難の嵐にさらされた。今でも韓国内ではベトナムへの派兵は共産主義の脅威に対抗するための正義の戦いであったことになっているから。
韓国軍のベトナムにおける活動について述べたページは例えば、

http://haniwa82.hp.infoseek.co.jp/k-textbook/vietnamwar.html
http://www.jca.apc.org/beheiren/kameyama.html
http://toron.pepper.jp/jp/epi/bundan/viet.html

そうした背景があるため、韓国人がベトナム戦争に関連してベトナムのことを批判的に扱うと反発が起きやすい。下記のページはそうした視点で韓国人を批判している。

韓国人から見るベトナム戦争
http://www.vinapark.com/blog/mt/archives/001051.html

一方、未来に目を向けた時、対中国という視点でベトナム、韓国を同様な位置づけで扱った論調もある。そうした視点で見たページが以下の雑誌プレジデントの記事。歴史学の泰斗トインビー教授の発言を引用して、未来の東アジアの姿を占っている。

『トインビーは「(中略)幸いなことに東アジアには良い国が三つある。日本、朝鮮半島、ベトナムである。いずれも集中力があり、必ず成功する。この三つの国が手を取り合い、そして中国と語り合うという構図が無理がない」と語ったというのであった』
http://www.president.co.jp/pre/20031201/002.html

泰斗トインビー教授にもの申す訳ではありませんが、多分、これは理想です。東アジアのこの三国は、ありようが全然違っていた。華夷秩序に忠実だった朝鮮、華夷秩序の中にはあったが決して従順でなかったベトナム、華夷秩序の外にあることを選択した日本。これら三国が手を取り合ってというのは、現実にはなかなか難しいのではないでしょうか?韓国は歴史的、伝統的にむしろ中国の影響下に入ることを選択する可能性が考えられ、ベトナムと日本は手を結ぶ可能性がない訳ではないが、それは日本が確固とした意思を持った時にしかありえないし、また、したたかなベトナムは中国に攻められるような危険性は避けながら事を運ぶのがいつものことなので、可能性については?
しかし、聖徳太子は本当に偉かったなあと、こういうことを考えるときに思うようになりました。あの時代に、自分の方から華夷秩序を離れる独立宣言をするとは。日出づる国の天子、書を日没する国の天子に致す。恙無きやと。国の挟持をかけた挨拶です。本当に。

朝鮮国家について一家言あるのがここのブログ。いつも賛同できる訳ではないですが、面白い意見を読むことができます。朝鮮とベトナムの違いについては、まあ納得できるか。
http://plaza.rakuten.co.jp/vietnambenzyo/diary/200610120000/

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2006年10月17日 (火)

ベトナムと北朝鮮

連れ合いに北朝鮮をどう思うか聞いた。なんでそんなこと聞く?と言われて、ベトナムと北朝鮮はお友達でしょと答えると、えらく怒った。北朝鮮と中国みたいなやくざはお友達じゃないって。
でも、北朝鮮はベトナム戦争当時、北ベトナムにパイロットを派遣して、一緒に戦った仲でしょ?って言っても、そんなこと知らないの一点張り。あんまり仲は良くないみたいです。

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2006年10月16日 (月)

ベトナム人の目から見た日本2

ベトナム人の目から見た日本ということでは、1万人以上いる定住ベトナム難民の視点は欠かせない。
早稲田大学の宮里助教授という方が、H12年にオーストラリアにいる定住ベトナム人との比較調査ということで、研究レポートをまとめている。下記アドレスの少年問題を参照。
http://www.syaanken.or.jp/index2.html

内容を一部直リンク。
http://www.syaanken.or.jp/02_goannai/04_shounen/shounen1203_03/pdf/P011-013.PDF

しかし、実際のインタビューが一番感じが分かる。
http://www.syaanken.or.jp/02_goannai/04_shounen/shounen1203_03/pdf/P050-054.PDF

なぜ、異質なものに対してのいじめは起こるのだろう?異質なものが少ない世界に育つと、ちょっとした差異にも敏感になるのか。今もニュースで中学生や小学生の自殺を報じていた。
娘達のことを考えると人ごとではない。

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ベトナムの市場

久しくまともにベトナムの市場に行っていない。最近は、ベトナムに行っても連れ合いの実家に監禁状態だし。別にどこに行っていけないという訳ではないのだけど、足がないからどこにも行けない。
はじめの頃は、サイゴンだったら観光客定番のベン・タン市場にもチョ・ロンにあるアン・ドン市場にもハノイだったらドン・スアン市場やブン・ボー・ナン・ボ−のお店に近いハン・ザ市場などによく行っていました。
いろんなものをどんと置いた雑然とした感じが結構好きでした。ブン・チャーを最初に食べたのも、市場をふらふらとしていたときに声をかけられて、知らずに食べたのが最初だったし。市場には思いがけない出会いもあって楽しいです。

ウェッブを漫然と巡っていたら、そうした市場の風景を描いたスケッチがありました。

ベトナムのサイゴン
http://vnsgn.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_ca6d.html

本ページはこっちみたいです
http://homepage2.nifty.com/hcmc/
アオザイ姿の女の子がとてもかわいくて、思わずページを読みいってしまいました。胸がちょっときゅんとなる物語です。

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2006年10月15日 (日)

国際結婚の難しさ3

先週木曜あたりからおなかが痛くなってきて、昨日の土曜日病院に行った。血液検査や尿検査、超音波診断もしたけど、特に何もない。お医者さんも首をひねっていたが、胃の薬をとりあえずもらって帰ってきた。でも、その後どんどんひどくなる。検査のために朝飯抜いて吐くものないはずなのに、こみ上げてきて胃酸を戻してしまった。胃カメラどうしますか?と聞かれたときに迷わず頼んでおくんだった。
こうしたときに困るのが、食べ物。連れ合いに白粥を頼んだのだけど、出てきたのは緑豆と白米のおかゆ。ベトナムでは伝統的にこれを食べるんだよと言われても、食べたかったのは重湯だったのに。
そういえば、以前も体調を崩しておかゆを作ってもらったら、出てきたのはチャオ・ガーだった。確かに栄養はあるだろうけど、においを嗅いだだけで、体調が最悪のその時は吐きそうだった。次に頼んでも白粥は出てこないだろう。
まあ、これはお互いさま。連れ合いが体調を崩したときに白粥を作ってあげたら、相当にまずそうに食べていた。お互いに、体調を崩した時のレシピをちゃんと伝えておかねば、不満は募るばかりだろうね。
その後、真夜中にまたお腹の調子は最低に。トイレに駆け込んだが、どうにか吐かずにこらえていたけど、空腹時に痛くなるというのは潰瘍か?また、病院に行かないといけないでしょうね。

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2006年10月11日 (水)

ベトナム人の目から見た日本1

ベトナム人から見た日本について、なかなか正直に語ってくれる人はいないのですが、連れ合いに言わせると日本人はまじめすぎてジョークの一つもないと不評(それはたまたま相手が悪いのかもしれない・・・)。
静かでおとなしいというのもあるようです。以前、ボランティアの日本語教室で先生をやっている中年女性達と仲良くなって、その時の評が日本人らしくない。元気なおば樣方で、いつも大騒ぎ状態でしたから。
良い方のイメージで言えば、正直でだますことが少ないとか、清潔で道路にもあまりゴミが落ちていないとか。あまりに慣れすぎて、こんなこともありましたが。

ベトナム人というのではないですが、日本に留学している学生の日本人への感想を日本語で書いたものをアップしているブログがありました。専門学校で日本語を教えている方のブログです。やっぱり酔っぱらいというのは目につくのでしょうね。
http://yuaminmin.exblog.jp/i7/

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2006年10月10日 (火)

幼稚園の運動会

昨日は幼稚園に通う子供達の運動会でした。夫婦ともに準備や進行、片付けなどにかり出され、結構疲れてしまいました。
こういう行事があるとどうも連れ合いの行動パターンは少しずれている。どうしたって外国語だから、アナウンスを聞いても分からないこともあるだろうし(最初から聞く気もないんじゃ・・・)、習慣だって違うんだからとは思うのですが。やっぱり、自己中心(笑)。席が園児用に指定されていようが、来賓用に指定されていようがおかまいなしだし、レジャーシートで席を広めに確保したままなのに、戻ってこないし。でも、こまめに園児の世話をしていたり(その役はもらっていなかったはず)、気を使っていました。
こういうときに思うのは、周りはいったいどう思っているだろうかということ。やっぱり、やりにくいでしょうから。
そういえば、入園式のときに、大丈夫?みたいなことを聞かれたことも有りました。ちょうど、滋賀で中国人妻の幼児殺人事件があったあとだったから、何となく怖かったのだろうと思うけど、そんなこと急に聞かれてもねえ・・・。

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進出先としてのベトナム

東南アジアではインドネシアに次いで人口が多いこともあり、国内市場を狙った企業進出も多かったのですが、最近は中国リスクの高まりとともに、代替進出先としても人気が出ているようです。
また、華南を含めた経済圏の製造基地として、中国本土に進出するのでなく、ベトナムという選択も最近は出てきたようです。
人気の理由としては、識字率の高さ、勤勉な国民性、政治的な安定性などが主たるところのよう。

素直な国民性や良心が健在している社会性・・・と書いているところにはちょっと疑問もありますが、最近の進出企業のレポートをしているブログがありました。
http://kupppy.s57.xrea.com/cancheer/archives/000387.html

華南地方との連動性については、以下の記事も有りました。
http://www.president.co.jp/pre/20031201/002.html

ベトナムには発展する要素は結構有ると思います。大きな富の不均衡を生まずに、バランスよく成長できるか。特に、都市と農村の格差をいかに減らすかは課題と思います。

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謝らない2

久々にまたぷっつんときてしまいました。
きっかけはやっぱり些細なこと。今回は、宅急便の伝票を捨てられたこと。ちゃんと保管していなかったこっちも悪かったのですが・・・。会話を再現すると、

A:伝票どこにやったの?
B:捨てた。
A:え、どうして?
B:なんで私があなたの後を追い回して、いろいろと片付けなければならないの?(と逆切れされて)
そんなに大切だったら、ちゃんと自分で保管したら?(それは尤もだが、そこに置いたのはそっち)
もう話したくない!(と怒鳴られてしまいました)

結局、ごめんの一つもない。お礼の電話を送付元にするはずだったのに、もう分からなくなってしまった。

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2006年10月 7日 (土)

階層社会ベトナム

ベトナムは社会主義国といいながら、完全に階層に分かれているという印象を受けます。だいたいは教育の程度に反映されるのか、教育が階層を作っているのか、教育が一つの目安という気がしています。
連れ合いが日本にいるベトナム人と話していても、相手の教育程度でだいたい話題の及ぶ範囲が決まっているよう。日本は最近格差が広がっているといっても、程度からするとベトナムより全然少ない。
かつてはベトナムも貧しさを分かち合う社会主義と言われ、貧富の差は小さいと言われていたけれど、それはあくまで経済的な面のみだったような気がします。お金がなく、ものがなく、ごく一部の党特権階層を除けば、みんな貧しかった。
今では、才覚のあるものは金を儲け、欲しいものをいくらでも買い、土地転がしなようなことをやって、ますます金を儲けていく。子供は外国に留学させ、より多くの機会を得ることができる。

バブルに踊ったハノイ近郊の農民の話にはこんなものが
http://www.hotnam.com/news/050301122205.html
留学したベトナム人の夢として聞いた話にはこんなものが
http://jyan-ken-poi.jugem.jp/?eid=35

市場経済化してみんな豊かになってきているけど、社会格差はどんどん開く一方のベトナム。この先どうなっていくことやら。

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2006年10月 6日 (金)

ベトナム人の性意識

元々、ベトナム人の性意識は保守的かなと思っていたけど、一方では昔から売春もあるようで、サイゴンやハノイのような大都市だけでなく、地方都市でもビアオムのような場所はたくさんあるし、いったい実際のところはどうなんだろうとずっと疑問に思っています。
ベトナムに最初に旅行に行ったときには、ホテルの部屋へ若い女性がやってきて、マッサージはいらないかといかにも怪しい売り込みにきていたし、ホテルのマッサージに行くと、性的なサービスを提供しようと押し売りだってあるし。日本からベトナムへのセックスツアー(昔、台湾や韓国でよく聞いた)というのは聞かないけれど、韓国からはあるようです。

韓国人が訪れる性産業
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2005/07/05/20050705000027.html

そうした性産業は別に外国人向けだけにある訳じゃもちろんなく、ベトナム人のためにまずはあるわけで、日本のNGOがAIDS防止の活動をやっていたりします。

建設労働者の性感染症防止の活動
http://www.careintjp.org/internationaljapan/internationaljapan-vt_1.html

そういう中、ベトナム情報に関する老舗の一つであるHOTNAM!に最近のベトナムの若者の性意識に関するこんな記事がありました。うーん、こんな状況なのか?と驚きです。日本以上に乱れているのかも。
http://www.hotnam.com/news/060704123229.html

一方映画夏至を見た人のこんな意見もあって、全体としてみた時はやっぱりどうなんだろうと疑問のままとなっています。
http://www.kanshin.com/keyword/795821

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2006年10月 5日 (木)

Nickel and Dimed 3

ようやく読み終わりました。
20年前と比較して、ほとんど増えていない時給、いや増えるどころか減っている。
一方家賃はうなぎ上りに上がっていて、著者が取材したような低賃金労働では借りることが困難になっている。家賃の収入に占める割合は、どんなに安い物件でも40%近く。デポジットが用意できなければ、割高と分かっていてもモーテルなどを借りるしかなく、そうすると60%近くになることもある。自助努力の国アメリカでは、日本のような低所得層向けの公営住宅などなく、低賃金労働者は生きるだけで精一杯になる。配偶者や子供と助け合って生きていける人間はまだ家賃をあがなえるけど、シングルマザーは最も厳しい。日本でも一人口は養えなくとも二人口なら生きていけると言うけれど・・・。
あちこちのブログを読むとワーキングプアは政府と企業の責任という意見が目につきます。でも、私の意見は少し違う。企業は利益を目的としている組織。コストに対しては厳しくあるのが当たり前。企業活動がグローバルになっている現在、途上国の低賃金労働力に対抗するため、いろいろな手段はとらざるを得ないだろう。ただ、社会的存在である限り、モラルや法令を無視しては生きていけない。どこまで企業に要求できるか。
一方政府はと言えば、一時期日本は社会主義国より社会主義らしいとまで言われていた。でも、実際には80年代はヨーロッパの各国から日本は失業を輸出していると非難されていた。まるで今の中国のように。その後、バブルがはじけ、長期低迷の時代となり、税収も上がらず、社会格差が広がった。この状況で政府にどこまで求めるのか。私は小泉政権の成果は、結局何もしなかったことではないかと思っている。政府は何もしないと企業に認識させることで、自助努力でどうにかするしかないと痛感させた。それによって、各企業がそれぞれに対策に死にものぐるいで取り組み、どうにか生き延びた。政府が手助けしていたらどうなっていたのだろう?結局、傷をもっと大きくして、日本全体が沈んでしまった可能性もあるだろう。
当時、勤めていた工場が再編で閉鎖された経験のある私としては、人ごとではない。自分自身は社内に異動できる部署があったが、そうでない人も、諸処の事情で転勤することができずにやめていった人もたくさんいた。
政府のお金の使い方として、貧しい層に焦点を当てるのと、減税などでむしろ富裕層に還元するのと、どちらがよいのだろう?富裕層の中には、お金をまた事業に充て、新たに人を雇うことで、全体に経済を豊かにする人も出てくる可能性がある。結局バランスとは思うのだが、目の前の貧困だけに注目しすぎては、長期的には見誤ってしまうかもしれない。社会を支えている貧困層について、忘れてはいけないが。

この本の他の人の感想は例えば
http://fantastica.exblog.jp/4438724
http://ratio.sakura.ne.jp/archives/2006/08/28220307.php

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2006年10月 4日 (水)

ベトナムの農業

農学部に留学しているベトナム人たちとBBQパーティーをした時に、ベトナムの農業について少し話してみました。
ベトナムは農業国です。人口の80%以上は今でも農民(最近はもっと減っていたような気もするが)。それでいながら、現金収入の道があまりないため、都市部と農村部の経済格差は広がる傾向にあります。
しかし、ドイモイと呼ばれる経済改革前は、計画経済の色が濃く、土地所有に関しても禁じられ共同で農作業をしていたため生産性も低かったのですが、今は土地所有制限が緩和され、所有もしくは使用権が与えられているため、農民の意欲も掻き立てら、生産性は上がっています。
彼ら、農学を学んでいる留学生もこのあたりはよく認識しており、農民の経済状態をいかに改善するか、そこにつながる研究の重要性を訴えていました。

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2006年10月 3日 (火)

Nickel and Dimed 2

英文だとなかなか読み進まず、ようやくミネソタのウォルマートで働いた経験の最後のところまで来ました。
ウォルマートは全米で最も多くの人間を雇用している企業ですが、またその低賃金や健康保険制度の不備というか、公的保険に頼るよう推奨していることで非難されている企業でもあります。それを非難した映画ハイコストオブロープライスが評判をとっていました。

http://www.ssss.ne.jp/sr/archives/002170.html

アメリカの社会は貧困層を低賃金で使って利益を上げているだけでなく、貧困層も含んだ低所得者層から金を巻き上げ利益を上げている社会でもあります。ウォルマートの顧客層もまた経済事情の苦しいこれら低所得層だったり。
ワーキングプアが昨今日本でも話題となっているようで、先日タイトルにワーキングプアと付けたら、いきなりアクセスが増えたのにはびっくりしました。でも、同じようなタイトルで呼ばれていても日本のワーキングプアとアメリカのワーキングプアはどこか違うような気がします。アメリカはやはりむき出しの資本主義。ワーキングプアと呼ばれる人の生活はもっと厳しそうに見えます。

http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20060801/1154425850

この前もトラックバックを付けたここの意見はある程度的を得ているのでは?

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2006年10月 1日 (日)

ベトナムの農業留学生

今日は農業の勉強に来ているベトナム人留学生を招いてバーベキューの集まりを催しました。ベトナムの大学を卒業して日本に直接来ている人、ベトナムで働いているときに勉強する機会を見つけて来た人、ベトナムの研究機関に勤めていて機会があって来た人、バックグラウンドはそれぞれに有るようですが、だいたいはJICAの関係で奨学金を得て来ているようです。
研究しているテーマもざっと聞いたところ、育種、水利、農業経済など多岐に渡っていました。
ベトナムは今でも農業が人口の過半数を占める農業国。彼らの研究、勉学は近い将来、直接的に国の発展に役立つのだろうなと思いながら酒を酌み交わしていたのでした。
今日はかなり酔っぱらったのでまとまりがないなあ・・・。

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