2008年1月23日 (水)

器用貧乏

前にも書いたことがあるかもしれませんが、私のベトナム人の印象には、器用貧乏というのがあります。都会的でスマートであることが格好よいというのが、おそらくベトナム人の価値観かなと思っているのですが、反面、愚直であることからは遠い。それが、頭は良い、要領は良い、のだけれど、全体的には実が出ていなことにつながっているのではないかと、勝手に思っています。
今は日本の方が調子が良くないですが、日本の経済を支えてきた製造業では、愚直であることも求められてきました。それを考えると、ベトナムのこれからに、まだまだ日本から貢献できることもあるような気がしています。

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2008年1月 3日 (木)

ベトナム人は勉強好き?

ベトナム人留学生達と話して感じるのは、彼らの勉強意欲とともに日本人とは違った価値観。
今付き合いのある彼らの多くは、政府機関や大学に籍を置き、博士号の取得など勉強のために留学してきているのですが、その履歴を聞くと、日本に来る以前に別の国に留学しているとか、あるいは以前にも日本で勉強しているという例が非常に多いのです。場合によっては、過去に主流だったロシア/東欧留学に始まり、西欧やアメリカ、オーストラリアなどを経て日本に来ているため、三十代半ばで10年以上を勉学に費やしている人も。ちょっとそれはやり過ぎでしょ?って感じるのですが。

日本人だとどちらかと実務重視で、大学を卒業しても大学の勉強など役に立たないとばかり、企業での研修、実務で仕事を叩き込まれることが多いような気がするので、とても対照的に感じます。逆にこの点が、今や日本の特異点なのかもしれませんね。新聞で、日本の高級官僚の学歴の低さが取り上げられるくらいですから。確かに、日本では国家公務員試験を大学時代に受けて官僚になる人がほとんどですので、博士号を持っている人はほとんどいないですし。技術系の会社員でも修士がほとんどで博士号をとって会社に入る人はあんまりいません。このあたりは、博士号に対する考え方が、日本と外国で違うようで、日本では専門性の証し、海外では基本的な研究姿勢を身につけたものととらえられているよう。だから、海外では博士課程でやっていたことと全然違うことをすることに抵抗ないのに、日本ではやってきたことへのこだわりがあって、なかなか分野を変えない。このあたりが、ポストの少なさと相まって、高学歴ワーキングプアにつながっているような気がします。

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2008年1月 2日 (水)

日本人は英語が苦手

年越しパーティでベトナム人留学生達と話していたところ、話題になったのがこれ。その場には、韓国に留学した後、日本に留学してきたというベトナム人留学生が結構いて、比較として話していました。
韓国人は誰でも英語をかじっている人間は、英語をどんどん話したがるのに、日本人は博士課程とかに在籍していて英語ができても、できるだけ英語を話したくないというのが見えるのだそうです。
確かに、私の経験でも韓国人は積極的に英語を話してきますし、韓国人同士で英語を話すのにも衒いがありません。一方、日本人となると、苦手意識が前面に出てくるのか、受験英語が、文法、読み書きに重点を置いているためか、本当に話そうという人は少ないのは認めざるを得ないところです。
留学生達には、一般的な話しとして、まず日本人はシャイだからというと納得していました。

これから先、日本の地位がだんだん下がっていくにつれ、どういう分野でも英語を話せることが重要になってくるかもしれません。今までは、世界第二位の経済大国として、また強い製造業を背景として相手が耳を傾けてくれることもありましたが、相対的に重要性が下がってくればそういう訳にもいかなくなるでしょう。また、英語だけできても何の役にも立たないので、それぞれの分野できちんと仕事ができてなおかつ英語というのが当たり前になってくるかもしれません。

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年越しパーティ

今回は、大晦日から元旦にかけて留学生の年越しのパーティに参加しました。午前中からお正月料理の準備、午後二時からはカラオケコンテスト、午後5時過ぎ位から年越しパーティを始め、11時過ぎには近所の神社に初詣に出かけるという手順でした。
バイン・テトを始めとして、お祝い事に欠かせないタケノコのスープやネム、ゼラチン状に固めた肉などお正月料理を堪能しました。日頃は勉学に忙しい留学せい達もこの時とばかり、歌い、踊り(クラブ状態)、楽しんでいました。
中でも面白かったのが、天帝とかまどの神様に扮装しての寸劇。年末にかまどの神様が天に昇り、その家で起きた出来事を報告するという言い伝えにならい、ベトナムで起きた汚職など悪い事件を批判的に上げていくものでした。いろいろな事件があったようで、結構な時間を取っていました。
カラオケでは、いろいろなタイトルをつけて表彰していましたが、賞品は安くて結構量が多く見えるということでせんべい。でも、ベトナム人はせんべいはあまり好きでないようで、帰る時に余ったせんべいを大量にもらってしまいました。
初詣では、熱心にお祈りした後はおみくじを引いて、分からないところ(ほとんど全部?)をこちらに聞いてくるので、うまく説明できず、年初からずいぶんと頭を悩ましてしまいました。残念ながら、皆、あまり良い運勢になっていなかったので、また、別の神社に行った時に、新たにおみくじ引くことでしょう。

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2007年11月21日 (水)

教育方針

連れ合いと子供の教育について話していました。
日本では、習い事について子供の意思が尊重されるのに対し、ベトナムでは親の意思のみと言うところが際立って違うというのが連れ合いの意見です。
例えば、幼稚園とか小学校低学年で何か習っている場合、子供が嫌と言えば辞めさせるのが日本。続けるのも辞めるのも子供の意思が尊重されます。一方ベトナムでは、子供が嫌と言っても親が必要と思えば続けさせる。逆に子供の上達が見られない場合、子供が続けたいと思っていても親がついている先生の能力を疑い、辞めさせるというケースが多いそうです。
連れ合いに言わせると、小さな子供は気分で辞めるとか続けるとかいうので、あまり、子供の意思を尊重しても意味がないので、日本人のやり方には懐疑的でした。小さな子供の場合、親の判断が一番重要だろうというのです。確かに子供に振り回されても仕方ないのですが、続けたいと持っている子供の意思も少しは考えた方がいいかもねとは言っていましたが。

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2007年11月15日 (木)

先生の役割

日曜の夕方、ご近所から電話がかかってきて、何事かと思うと、家の前の塀の上から小学生が車に石を投げつけて傷ついたので、その犯人を捜したいとのこと。うちの子が見ていなかったか、知っている子じゃなかったかの質問でした。その車というのが、先月買ったばかりのBMWで、その奥さんはカンカン。警察に言うと息巻いていました。
小学生だったら、近くの小学校の生徒に違いないから、学校に問い合わせして注意を促してもらうしかないのではと伝えて電話を切ったのですが、その夜、買い物から帰ると警察官が4人ほどその家の周りに。本当に警察に連絡したのだとちょっと驚き。
翌朝、庭仕事をしていると小学校の校長先生が通りかかり、その家の場所を聞くではありませんか!夕方、今度は小学生とその親を伴って、校長先生と教頭先生がその家を訪問していました。短時間のうちによくも特定でいたものだと感心。その小学生も正直な子だったのでしょうね。
連れ合いとその話しをすると、ベトナムでは校長先生が地域のトラブルについて動くのは絶対にあり得ないとのこと。日本の先生はそんなことまでするんだと驚いていました。学校に子供のしつけまで求める日本との違いなのでしょうね。

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2007年11月 8日 (木)

Japanese Dirty Words

連れ合いから妙なメールがきました。そのタイトルは、Japanese Dirty Words。
また、メーリングリストか掲示板で話題になっている日本や日本人の習性かなと思いました。しかし、Dirty wordsというには、ごく普通のことばも混じっているようで、日本で生活しているベトナム人として、気をつけるべき単語、言い回しのライブラリーかなとも思います。その一部を引用すると

- Okama ! : Đồ lại cái
- Otoko onna ! : Đồ nữ tặc
- Muko itte yo !
- Dokka itte yo !
- Hayaku inakunare yo!
- Totto to usero !
- Urochoro shittenna!
Những từ trên đều có ý nghĩa là : Tránh ra ! , biến đi ! , cút đi !
- Kutabare !
- Shinjimae !
Hai từ trên đều có ý nghĩa là : Đi cho khuất mắt !
- Te o dokete yo ! : Bỏ tay ra khỏi người tôi !
- Sawannai de ! : Đừng có đụng đến tôi !

確かに気をつけるべきことばとは思いますが。

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2006年10月20日 (金)

ベトナム人の目から見た日本3

連れ合いと、日本の子供たち、親たち、教育の話になりました。
今の日本は子供たちが少なくて、大事にされすぎて、我慢がなくなっていると連れ合いは言います。勉強を押し付けるのはよくない。だから、好きにさせる。結果として、じっと座っていることもできなくなっている子供。
日本人は、今が幸せだったら良いと考えているんでしょ?と連れ合いは切り込む。私が子供のときにはそうではありませんでしたが、今はそうなのかもしれません。そのとき、そのときの子供の思いを大事にしているようで、長い目で見ると子供をだめにしているのかもしれない。
連れ合いは、今世界では中国人とベトナム人の子供が一番優秀と主張する。ポーランドではベトナム人コミュニティーの子供が一番勉強ができ、ポーランド人の子供と格差ができている。これは、ベトナム人の親たちが、教育熱心で、子供のわがままを認めないからだと。
個性の尊重と言われて久しいけれど、自由にさせることが必ずしも個性を育てることにはならないのではないような気がします。厳しいしつけや規則があってこそ、個性が輝くこともあるのでは。

この記事を書いた後に似たようなテーマでの記事を見つけました。こちらはどちらかというと批判的、
http://www.vinapark.com/blog/mt/archives/001085.html

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2006年10月16日 (月)

ベトナム人の目から見た日本2

ベトナム人の目から見た日本ということでは、1万人以上いる定住ベトナム難民の視点は欠かせない。
早稲田大学の宮里助教授という方が、H12年にオーストラリアにいる定住ベトナム人との比較調査ということで、研究レポートをまとめている。下記アドレスの少年問題を参照。
http://www.syaanken.or.jp/index2.html

内容を一部直リンク。
http://www.syaanken.or.jp/02_goannai/04_shounen/shounen1203_03/pdf/P011-013.PDF

しかし、実際のインタビューが一番感じが分かる。
http://www.syaanken.or.jp/02_goannai/04_shounen/shounen1203_03/pdf/P050-054.PDF

なぜ、異質なものに対してのいじめは起こるのだろう?異質なものが少ない世界に育つと、ちょっとした差異にも敏感になるのか。今もニュースで中学生や小学生の自殺を報じていた。
娘達のことを考えると人ごとではない。

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2006年10月11日 (水)

ベトナム人の目から見た日本1

ベトナム人から見た日本について、なかなか正直に語ってくれる人はいないのですが、連れ合いに言わせると日本人はまじめすぎてジョークの一つもないと不評(それはたまたま相手が悪いのかもしれない・・・)。
静かでおとなしいというのもあるようです。以前、ボランティアの日本語教室で先生をやっている中年女性達と仲良くなって、その時の評が日本人らしくない。元気なおば樣方で、いつも大騒ぎ状態でしたから。
良い方のイメージで言えば、正直でだますことが少ないとか、清潔で道路にもあまりゴミが落ちていないとか。あまりに慣れすぎて、こんなこともありましたが。

ベトナム人というのではないですが、日本に留学している学生の日本人への感想を日本語で書いたものをアップしているブログがありました。専門学校で日本語を教えている方のブログです。やっぱり酔っぱらいというのは目につくのでしょうね。
http://yuaminmin.exblog.jp/i7/

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